そういえば、目のキラキラした人になりたかった

そういえば、目のキラキラした人になりたかった。 いつからだろう? 目から愛情あふれるような、目のキラキラと輝く人を見て、そう思ってた。 自分にはないものだなって。 どうしたらそうなれるのかな?って思っていた。 でも、考えてもどうすればそうなれるか、わからない。 気がつくと、そんなことを思っていたことも忘れていた。   最近知り合った方が、さらに知り合いの方を紹介してくださって、その時に私のことを 『キラキラした方です〜』と紹介してくれて、あれ?っと思った。 私、キラキラしてたのか? 自分では気づかなかったけど。 その人も、お世辞かもしれないけど。 でも、うれしい。   目のキラキラ人に。たまには、なれてる??

変な夢をみた

変な夢を見ました。   小さい時の、生まれ育った飛騨の山奥。実家。   お父さんがいるはずだ。でもそこにいたのは、男の人かも女の人かもわからない、スキーウェアを着た人間だ。 「誰ですか?」あちらが問う。 「誰ですか?」とこちらも問う。 その奥で、お父さんが階段を上がっていく。 私にはなにも言わず。 「お父さん、この人誰なの」と心の中で問いかける。   「お母さんに連絡しなきゃ。」と 電話をかける。おじいちゃんの家にいるはずだ。いまでも番号は覚えてる。 0577-72-xxxx 合ってるはずなのに、つながらない。どうして お母さん、どこにいるの。 なんで、つながらないの。。。。。 どこに行っちゃったの。   そんなところで、目が覚めた。…

以上でも以下でもない

自分をより大きく見せようとしても 自分をより小さく見せようとしても 結局のところ、 それ以上にもなれないし 以下にもなることができない   だって、今の自分の大きさは決まっているのだから それは、人と比べて上だとか下だとかそういう意味ではなく 結局、『素の自分である』こと以外に何もないのだから 自分を自分以上に大きくまたは小さく表現することは、無意味   そうやっても、人間には直感や感性があるから、結局ばれるのだし、 だったら最初から自分のままでいたほうが、ああだこうだ頑張るよりも、楽だよな   と、自分に問いかける、雨の夜